2019年4月1日から開始された新しい在留資格、特定技能ビザですが、予定していた受け入れ人数よりも大幅に普及が遅れています。
当初は、制度が開始された初年度に4万7,000人程の導入が見込まれていましたが、導入から約1年経過した2020年6月末の時点では、特定技能ビザで働いている海外人材は5,950人(出入国管理庁より)でした。
なぜ特定技能ビザは、政府の意向に反して、普及が進んでいないのでしょうか。様々な観点から特定技能について考察してみます。
特定技能の目的
初めに、なぜ特定技能が新しく設立されたかについて解説します。
特定技能は、2019年4月から始まった新しい制度です。人手不足解消の取り組みとして、生産性の向上や国内人材の確保を行ってもなお、人材が不足する特定の産業の人手不足を補うために作られました。
■日本の働き手不足の課題について
日本社会全体で少子高齢化が進む中、人手不足とは一体どのような状況を指しているのでしょうか。こちらの図は、企業が人手不足感を感じているかどうかを表したグラフになります。
非製造業では、2011年頃までは人材の充足感を感じている企業が多くありましたが、2012年頃からだんだんと人手不足感を感じている企業が増えていることがわかります。
引用:人手不足の下での「働き方」をめぐる課題について 厚生労働省(19-1-2-1.pdf)
https://l.pg1x.com/RJRJ852AUgJ36jBt6
少子高齢化社会が進み、企業側も人手不足を実感していることがわかります。
数字で見る特定技能の受け入れ状況
特定技能活用による海外人材の活用は、政府の受け入れ見込み人数を大幅に下回っている状況です。人手不足を解決するための特定技能は、なぜ受け入れが進んでいないのでしょうか。
原因を検討する前に、特定技能での海外人材受け入れ状況について確認します。
■特定技能新設から5年間の受け入れ見込み人数
こちらは政府が発表した特定技能新設から5年間のうちに特定技能で受け入れを見込んでいる海外人材の数です。
最も受け入れ人数規模が大きい介護業では、今後5年で最大6万人の働き手を受け入れる計画が立てられています。
業種 | 2019年度(初年度) 受け入れ見込み数 |
2019~23年度 受け入れ見込み数 |
介護業 | 5000人 | 5万~6万人 |
ビルクリーニング業 | 2000~7000人 | 2万8000人~3万7000人 |
素形材産業 | 3400~4300人 | 1万7000人~2万1500人 |
産業機械製造業 | 850~1050人 | 4250~5250人 |
電気・電子情報関連産業 | 500~650人 | 3750~4700人 |
建設業 | 5000~6000人 | 3万~4万人 |
造船・船用工業 | 1300~1700人 | 1万~1万3000人 |
自動車整備業 | 300~800人 | 6000~7000人 |
航空業 | 100人 | 1700人~2200人 |
宿泊業 | 950~1050人 | 2万~2万2000人 |
農業 | 3600~7300人 | 1万8000~3万6500人 |
漁業 | 600~800人 | 7000~9000人 |
飲食料品製造業 | 5200~6800人 | 2万6000~3万4000人 |
外食業 | 4000~5000人 | 4万1000~5万3000人 |
合計 | 3万2800~4万7500人 | 26万2700~34万5150人 |
■初年度の特定技能受け入れ人数
2020年6月末時点で、特定技能の受け入れ数は5950人です。2019年4月の運用開始から徐々に受け入れ人数は増えていますが、政府が特定技能設立時点で受け入れを想定していた初年度4万7000人の受け入れに比べて1割ほどにとどまっています。
引用:特定技能1号在留外国人数(出入国在留管理庁)
http://www.moj.go.jp/content/001326545.pdf
初年度についての特定技能の導入率は、約1割程度でした。
それでは、なぜこれほどまでに大幅に導入が遅れているのでしょうか。ここからは、特定技能での受け入れ人数が見込み人数と比較し増えていない原因について考察していきます。
特定技能で受け入れ数が増えない原因
■新型コロナウイルスの影響
2020年3月以降は、新型コロナウイルスに伴う出入国制限により、日本で働きたいと思っていた海外人材、働くために渡航を検討していた海外人材も入国自体ができないという状況に陥りました。
結果として、海外人材の受け入れを検討していた企業も受け入れを行うことができず、人手不足の解消には至っていないという現状があります。日本で働きたいと思っていても入国ができない、企業も想定していた受け入れ人数を見込めないといった事態が生じています。
現状として、日本は比較的コロナウイルスの被害が収まってきているアジア圏との国交を回復しつつあります。早くワクチンなど、コロナウイルスに対抗する決定的な方法が広まるといいですね。
■導入コスト
特定技能ビザで海外人材を雇う際に必要なコストは、ビザ申請代行、登録支援機関への支援費用などです。採用相場は、70~80万円程となっています。さらに、毎月のランニングコストも発生するため、それらの導入コストを考えた際に、企業が本腰を入れて対応しないと導入出来ないという課題があります。
■技能測定試験開催の遅れ
海外人材が特定技能で働くためには、技能実習2号を修了している場合を除き、それぞれの産業ごとに実施されている特定技能試験に合格する必要があります。
ー技能測定試験の合格者数
(資料)みずほ総合研究所作成pl200309.pdf
https://l.pg1x.com/UZWjkFiEZSoKJBBLA
こちらは、それぞれの試験における受験者数と合格者数をまとめた表になります。
外食業では8,221人と他の分野に比べて受験者数は多いですが、農業、製造業などでは受験者数自体が少ない産業も多く見受けられます。また、外食業を見てみると、合格者数に対して、受入数(企業での採用決定数)が非常に少ないこともわかります。2020年3月の時点で外食業の受入数は246人でした。(法務省より)
新型コロナウイルスの影響などにより、2020年は予定していた試験の開催が半年以上延期されるなどの影響がみられました。
ー合格率
海外人材が介護分野で働く場合、介護の特定技能試験に加えて、介護分野の専門的な日本語を理解しているかどうかの日本語試験の合格が必須です。そのため、2つの試験に合格する必要があり、一番ハードルの高い産業です。
前項の表を見ていただくと、特定技能試験、日本語能力に関する試験共に合格率は50%前後にとどまっています。
試験では、実際の仕事の現場で必須の単語や知識などを出題しています。そのため、試験の基準が高すぎるというより、実技で必要な日本語のレベルに達していない海外人材をこのタイミングではじくといった方針がとられているようです。
現場で採用する際に問題なく働ける人を受け入れるため、合格者を限定していることがわかります。
■二国間協定の進捗状況
特定技能は、日本と送り出し国が二国間協定を締結する場合があります。二国間協定を締結した送り出し国では、送り出し国現地で特定技能試験や日本語能力に関する試験が実施されます。日本に来る前に試験を受けることができるため、早期に二国間協定を結んでおくことは、特定技能のスムーズな導入にも関連しています。可能性としては、二国間協定の締結の遅れが現地での試験実施の遅れに繋がり、結果として初年度の特定技能導入数に影響を与えたのではないかという点です。
特定技能が開始される2019年4月までに二国間協定を結ぶことができた国は、受け入れを予定していた9か国のうち、4か国(フィリピン、ネパール、カンボジア、ミャンマー)のみでした。
現状は、8か国(モンゴル、スリランカ、インドネシア、ベトナム、バングラデシュ、ウズベキスタン、パキスタン、タイ)が追加され、特定技能の利用者が多いアジア圏を中心に合計で12か国と二国間協定を締結しています。
国の方針では特定技能の受け入れ人数をより増加させたいでしょうから、今後は既に特定技能での受け入れ人数が多い国を中心に、二国間協定が締結されていくと思われます。
■技能実習からの移行状況
ここ数年間の技能実習から特定技能へ移行した人数、出身国などについて、初年度の特定技能人材の受入れ総数は3987人でしたが、このうちの9割以上が技能実習2号の修了者が、特定技能に移行した案件です。
業種 | 総数 | 技能測定試験ルート | 技能実習修了ルート | その他 |
介護業 | 19 | 0 | 0 | 19(EPA) |
ビルクリーニング業 | 13 | 0 | 13 | |
素形材産業 | 193 | 0 | 193 | |
産業機械製造業 | 198 | 0 | 198 | |
電気・電子情報関連産業 | 38 | 0 | 38 | |
建設業 | 107 | 0 | 107 | |
造船・船用工業 | 58 | 0 | 58 | |
自動車整備業 | 10 | 0 | 9 | 1(検定) |
航空業 | 0 | 0 | 0 | |
宿泊業 | 15 | 15 | 0 | |
農業 | 292 | 0 | 292 | |
漁業 | 21 | 0 | 21 | |
飲食料品製造業 | 557 | 0 | 557 | |
外食業 | 1621 | 115 | 1486 | |
引用:特定技能1号在留外国人数(出入国在留管理庁)
http://www.moj.go.jp/nyuukokukanri/kouhou/nyuukokukanri07_00215.html
試験を受けて特定技能ビザを取得している産業と、技能実習から直接移行している産業に大きく別れていることがわかります。
今後の展開として、技能実習を修了してから特定技能を取得して日本滞在を続けることが一般的になることで、特定技能による受け入れが増加することが望めます。
■受け入れ企業の理解度
制度が新しいかつ複雑であるため、受け入れ企業側で制度理解や受け入れ体制の構築が進まず、導入を躊躇してしまう場合があると考えられます。
また、制度の複雑さに伴い、提出する在留資格申請の書類が70種類以上と、他の在留資格よりも多くなっています。
さらに、採用時だけではなく、入社後の定期報告義務も発生します。採用をしただけでは終わらない点も、制度の複雑さが招いた煩雑さだと考えられます。
今後の方針
現在、政府は、新型コロナウイルスで就職が困難になった海外人材に対する支援策を実施しています。就労希望者と雇い入れ希望企業のマッチング、特例として異業種への再就職支援なども行っています。
また、申請手続きのオンライン化、在留資格申請書類の簡素化などを推し進め、スムーズに手続きが行えるよう制度の見直しを図っています。さらに、海外での試験実施、送り出し国とのシームレスな連携など、引き続き特定技能人材の活用に向けた環境整備を行っています。
特定技能を導入するメリットは?
特定技能で海外人材を採用し、雇用している企業はまだまだ少なく、日本全体への制度浸透も大きな遅れがあるように見れます。
そんな中でも特定技能で海外人材を採用する企業はどのような点にメリットを感じているのでしょうか。特定技能を自社で活用し、海外人材を受け入れるメリットについて3点紹介します。
■日本人の応募が少ない場合も、求人に興味を持たれる可能性が高い
求人を出稿しても、応募が来ない状況にある企業もいらっしゃると思います。特定技能であれば、日本人からの応募が少ない求人であっても、興味を持ち、申し込みをしてもらえる可能性が高いです。
日本人の場合は他の求人に人が流れて行ってしまう状況であっても、特定技能の求人は数が限られているため応募される可能性が高まります。
■やる気のある人材を採用できる
特定技能で働く人材は総じてやる気が高く真面目な傾向があります。いくつか理由をあげます。一つ目は、特定技能で働くを取るために費やした時間や労力の面です。特定技能で働くためには日本語の勉強や職種についての専門知識を学ぶ必要があります。
特に、日本語に関しては日本で働くなどしない限り習得しても使い道がない言語になりますので、日本で働くことへの意欲が高い人材でなければ勉強を続けることはないでしょう。
二つ目は、日本と母国の物価の違いから特定技能で働いて得た賃金を母国に仕送りしている場合が多く、その責任からやる気があり真面目に仕事に取り組む傾向が強いです。
■経験ある人材が採用できる可能性が高い
特定技能の求職者は、労働未経験の方は少ないといえます。特定技能の求職者の多くは、技能実習生としての経験や、日本に留学した際にアルバイトをしていた経験などを持っており、日本で労働した経験を持つためです。その点では、採用後に即戦力として活躍してもらうことも期待できるかもしれません。
まとめ
特定技能の受け入れが進んでいない背景には、今回の記事で扱った要因だけではなく、他にも様々な要因が関係しているのではないかと思います。
特定技能の受け入れる企業にとっても、複雑な制度をよく理解すること、企業側の受け入れ態勢を整えること、求職者側の日本語教育、など解決するべき課題は山積みではないでしょうか。
特定技能は技能実習と違い、監理団体や現地送出機関などとの提携が義務付けられていないため、専門家からのアドバイスをもらいにくい環境にあるといえます。
初めて特定技能での海外人材を受け入れを実施する際には採用実績の高いサービスを利用するとよいでしょう。
少子高齢化社会で働き手が不足する今、海外人材と共生しうまく特定技能の制度が活用されるといいですね。